ウガンダから帰国しました。

アフリカから帰国した家族のお話。

ちびぞう、サルとの闘い

先日ジャックフルーツの話をしたと思うけれど

家の庭にはそれとは別に大きなパパイヤの木とパッションフルーツの木がある。

f:id:ranka_toba:20180128190407j:plain

二つとも立派な実がたくさんできていて、しばらくしたら食べれるようになるかな、という状態。

f:id:ranka_toba:20180128190508j:plain

ちびはウガンダに越してきてからずっとこれらの実が気になって仕方なく、食べられるようになるのを今か今かと待ちわびているのだ。

でもこの子たち。

緑の立派な実になってから、なかなか色が変わるまで時間がかかる。

ちびは毎日のように実がまだ木についているか、色が変化してないかを確認する。

「まだだねーまだだねーもうすぐかなぁ」なんてウキウキわくわく。

 

そんなある日。

この大事に楽しみにしていたパッションフルーツの実がかじられているのを発見したちびぞう。

f:id:ranka_toba:20180128190536j:plain

これは、間違いなく我が家にたまに遊びに来るサルのしわざ!

 

うちの庭にはなぜか週末になるとサルがやってくる。

平日には来ない、週末限定。

あ、決して出張動物園とかではなく、、、笑

おそらく週末は人が少なくなるから、というのが理由。人の出入りが少なくなるので(使用人の方たちもお休み)

サルも人目をあまり気にせず人の庭などにやってこれるんだと思う。

その週末も日曜日、サルが庭に来て、我が家を徘徊していた。

 

サルにやられたんだ、、

がっくり肩を落とすちび。本当に毎日楽しみにしていたのに!

食べごろになるとこうやってやられてしまう、、、

 

その後考えたちびぞうと私。

パッションフルーツとパパイヤで色の少しでも変わっているものはいったん取ってしまうことに。

f:id:ranka_toba:20180128190615j:plain

家の中で熟れてもらおう作戦!

果たしてこの作戦成功してくれるのか、、

サルより早くフルーツをとっておいしく食べれることができるのか!!!

サルとの戦いに勝てるのか!

 

美味しく食すことができたらご報告します。

できなかったら、、察してくださいw

だから2018年、ウガンダに来ました

ずっとちびのことを書いてきたけど

ちびのことばかりをネタにして、彼の話ばかりしているのもちょっとずるいな、っていう気がしてきて、自分のことを少し書こうと思い立った今日。

ウガンダに行こう!と決めたのはちびぞうの成長に関する要素はもちろん大きかったけど、ウガンダに来ることを決定するにあたり、私の人生で大きな変化があったのも事実。

 

ウガンダに来る前は普通の一会社員として働いていて。

ウガンダに来る前の年、つまり去年2017年は私と建さんが「こどものてつがくきょうしつ」という場をオープンさせて、ようやく少しずつ形ができてきた、という大切な年でもあった。

 

にもかかわらず決めたウガンダ行き。

そして決定通りに私たち家族は年末日本を出発してウガンダに今来ている。

 

 

なぜ2018年がウガンダの年になったのかというとさして大きな理由はなくて

ただ行くなら早いほうがいいなっていうのが夫婦の総意だったから。

なんならもっと貯金をしてからのほうがこちらで楽しめたかもしれないし、もっと仕事にきちんと区切りをつけてから、とかこどものてつがくきょうしつを軌道に乗せてから、とかいろんな時期はあったかもしれないんだけど、でもやっぱり早いほうがきっといいと、判断した。

それは「待つことでできなくなることがある」ことがあることを二人とも知っていたから。

人生には勢いがそれなりに大事で、やろうと思ったことをその場で実行に起こさないと、考えれば考えるほど実践できなくなってしまうことがあると思う。

もちろん考えることは究極的に大事だけれど、直感で自分が押されたとき、考えが邪魔することもあると、思う。

直感が働いたのが今回のこと。

行こうと思った。行かないと、と夫婦二人とも思って二人の判断が「行くためにはどうしたらいいのかを考えよう」ということだった。行けるようにするためには何が必要か、いけない要素を探すのではなく、行くことができるようにどうできるか。

それを模索しようと。

 

実際たくさんハードルはあったし、そう簡単なことではなかった。

たくさんの人に理解を求めなければいけない場面もあったし、それがハッピーな話し合いにならないこともあった。

来てからももちろん、様々なチャレンジと日々日々遭遇しているようなところがある。

多分これから帰国するまでずっとそうな気もする、、、、笑

けど、so farとても来てよかったと思う。

言葉はシンプルだけど、そう思っている。

 

これからの時代を生きていくと考えるときに。

私自身、多様な生き方を受け入れられる人でいたいと思う。

人生で度重なるチャレンジをそこそこ面白いと受け止められる人でいたいと思う。

生きる場所も限定したくないし、やる仕事も一つに絞りたくないと思う。

それって言葉でいうほど簡単じゃないと思う。多分。

 

そう思ったとき、このタイミングがウガンダに来るべきタイミングだったんじゃないかと思う。

これからも常に、今できることがそのときできるような人でありたいなと思っている。

 

コンサバティブに生きることに安心を求めがちだし(私は本当に守りに入りたくなる性格でチャレンジ苦手)、それによって家族を守れるんじゃないかと思っていた時期もあったけど、それは違うのかな、と今のは私は、思っている。

今できることはできるだけ今やって。今やることの中でプライオリティを付けて、生きていくのがいいんだと思ってる。

だから2018年、ウガンダに来ました。

これからどうなっていくのか、全く見えませんが。。。笑

 

 

同じ記事に書こうと思っていたけれどなんだか長くなってしまったので、

2018年をどう過ごしたいかなっていう少しふわっとした話は、また別の機会にでも書くことにしたいと思います。

f:id:ranka_toba:20180128140900j:plain

ちびぞう、青ねぎとの登園

ウガンダの家の庭には、ちびの愛する鶏の暮らす鶏小屋に加え、ちびの祖父母が大事に育てる畑がある。

畑にはこちらではすぐに手に入りにくい野菜や、使用頻度の高い野菜が育てられていて、畑に毎朝晩水をやるのもちびの大事なタスク。

朝は幼稚園への登園まえ、必ず鶏に餌をやり、畑に水をやり、畑に生えている雑草の中からクローバーを探し、鶏にクローバーを食べさせる(うちの鶏はクローバーが大好物)、というのがちびの活動の、一連の流れになっている。

f:id:ranka_toba:20180126024257j:plain

そんなちびの一連の流れに最近加わったのが畑のねぎちぎりという作業。

いつの間にか勝手にねぎの先っぽちぎって、そのねぎを握りしめている。

いつの間にか。

 

最初の数回は私に怒られ、祖父母に怒られ「もう勝手に葉っぱを取らない」と約束したのだけど、でもこっそりねぎをちぎっている。

しかも少しだけ。ほんの少し。

最初は怒ってた私たちもほんの少しだし固くなっている青い部分だからもういいや、と気にしなくなるように。

 

今朝は幼稚園へ向かおうと車に乗ると、ちびがねぎを手に握りしめているのを見つけた。

またちぎってるよーと思った私だったのだけど、もう特に触れもせず、そのまま幼稚園へ。

 

すると幼稚園へ行くとその青ねぎを先生に真っ先に見せるちび。

先生が「またねぎを持ってきたのね!」とニコニコ。私のほうに振り返り「いつもねぎを持ってきては見せてくれるのよー。どこから持ってくるのかしら?」と。

話しかけてくれる先生に対し、ねぎを見せながらも無言を突き通すちび。

でも先生はそんな無言で無表情のちびに対して一生懸命話しかけてくれる。

いつも幼稚園に持ってきていたのか!

 

無表情ながらも先生にねぎを見せ続けるちびを見て、「何かきっかけが必要だったんだなぁ」とようやく気が付いた私。

誰かと仲良くなる時や、コミュニケーションを始めるときって必ず何かきっかけが必要だ。

特に言葉が伝わらない相手と仲良くなったり距離を縮めたりしたいとき、間違いなく何か、相手がコミュニケーションをスタートしてくれるようなきっかけをいつも探すことになる。

それが人によってスポーツだったり、アートだったり、勉強だったり、いろいろ。

 

私も英語にまだ不安があったとき(いまでもありますけどもちろんw)、話しかけてもらえるきっかけをいつも探していたように思う。自分でうまく話しかけることができなくて。いつもいつも周りを見渡しては、話しかけてもらえるきっかけになるものを探していた。思い出すと胸がきゅっとなる思い出の一つ。

 

今回のちびの場合、それがきっと青ねぎだったんだなぁ。

そう思うと彼の握りしめるそのねぎがとんでもなく愛おしいものに思えて、またもじわりと泣きそうになる私。

 

そしてそのねぎを握りしめて登園した日。

ちび、初めて泣かずに登園することができました。

歯を食いしばって、不安定な表情で、何かあったらいつ泣き出してしまってもおかしくないようなアンバランスさのなかだったけど、泣かずに「またね!バイバイ!」と私たちを送り出してくれるその姿に、とんでもない成長を感じ、確実に彼の中に強さが生まれてると感じた朝でした。

今週末は3連休。

月曜日はまた盛大に泣くんだろうと思うけど、青ねぎをちぎる彼の姿はそっと見守ることにしようと思う。

f:id:ranka_toba:20180126024114j:plain

ちびぞう、ブランコに乗る

以前少し触れたように、我が家は完全なるおもちゃ不足。

ugandalife.hatenablog.com

おもちゃ、持って来なさすぎておもちゃがない。

ちびのいまの最大の遊び友達は、とっちゃが作った新幹線と

f:id:ranka_toba:20180124010849j:plain

その後とっちゃが新たに作ってくれたドラえもん

f:id:ranka_toba:20180124010939j:plain

このドラえもんパチモン臭がすごいんですけどちびはかなり気に入っていて、

とにかくとにかく可愛いと思っている。まぁ確かに可愛いは可愛い。

 

でもウィンクがかなり怪しい。。。

 

ちびは満足そうに遊んでるけど、

ずっと新幹線とドラえもんばかりでは飽きるよなぁなんて思っていた今週。

いよいよ我が家のクリエイター建さんがまた新たに動き始めました!再びw

 

午前中スーパーへ買い物へ行った私たち。

そこで何やらロープを買い込む建さん。

午後帰ってきたちびに「ちびぞうやるぞ!」と話しかけ何やら庭で作業が始まった模様。

 

しばらく見ていると、できてきた!

できたできた!!

 

 

できてるっ!

f:id:ranka_toba:20180124011059j:plain

 

ブランコ~~。

タイヤブランコの出来上がり。

 

これは楽しい~~。ちびも大好物。

ニコニコしながら乗り続ける人。

f:id:ranka_toba:20180124011149j:plain

 

ニワトリにおーいと話しかけながらブランコに乗るちび。

「あーウガンダってなんでこんなにいろんなものがあるんだろう!!ものがたくさんあるよ!!!」とニコニコしながら話す人。

ドキリ。

全然物がないないって思うのは大人ばかりで、彼にとってはここはエキサイトメントであふれているんだろうなぁ。

我が家のメンズはその場その場が最大限に楽しいと思える力を持っている二人で、私は本当に学ぶことが多いわけです。

なんでもそうだけど、その場が楽しいと思うか苦しいと思うかは自分次第なんだよねー。

ちびぞう、日本語を逆輸入

当初英語に拒否反応を示していたちびぞう。

英語で話しかけられたりすると激怒したりしていたのに、最近少しずつ生活に英語を取り入れるようになって来た。

「ダメな時はアッアーていうんだよ!」とか「来て欲しい時はかむひぁー」っていうんだよ。なんて誇らしげにしている。

たまに「ありがとう」というと「ありがとうじゃ伝わらないから!サンキューだから!」と言われたり笑

 

極端やな、と思ったりしたけど拒否反応が消えて来たのは嬉しいこと。

私もすかさず少しずつ教えたりしてみると、早速翌日使って見たりしているので面白いし、スピードに感動してしまう。

 

そんな中、ちびぞうが突然使い始めた謎の日本語。

「おげんぎでぇすかー?」

 

発音がおかしい。

しかもなんだ、そのかしこまった挨拶は?

 

とりあえず

「はい、げんきですよー」なんて返していたけど何かがおかしい。

 

「それ、誰が教えてくれたの?どこで習ったの?」と聞くと

「幼稚園」と即答。

「保育園じゃなくて?」と聞くと「違うよ幼稚園だよ。ウガンダの。」と。

 

ん?

「英語の人の先生。教えてくれたの。」

 

まさかの逆輸入!

その後も「おげぇんぎですかー?」と話すちびを見て、ニヤニヤしてしまった。

 

逆輸入してくるちびも愛おしいし、何よりちびを和ませようと知っている日本語を一生懸命彼に話しかけてくれる先生を想像して、ありがたいなぁと思う私でした。

 

ちなみにちびは今日もプールの授業でプールに入らなかったらしい

「なぜ?」と聞くと

「入る理由がなかったからだよ!」とのこと。かっこよすぎない?

 

でも建さんには正直に、「本当は溺れそうで怖いから」と説明していたらしく。

保育園で入っていたビニールプールと違い、普通の学校のプールだからね、そりゃね、怖いよね。

お休みの日に一緒に学校に家族で入りに行こうね、と約束しました。

少しずつ克服できたらいいよね。

f:id:ranka_toba:20180123141413j:plain

繰り返す母の葛藤

ちびが5か月になったとき、保育園が決まり保育園へ行き始めることになった。

0歳児の4月に保育園に入れるというのはもはや選択という名の一択でしかなく、
保活戦争の話を聞き、戦争のど真ん中にいた私にとってそれはごくごく当たり前のような感覚だった。
 
そして4月1日。
息子が保育園へ慣らし保育という形で通い始めたとき
それはそれはつらかった。本当につらくて、息子を送った帰り道、私自身毎日泣いていたように思う。こっそりと。
息子は毎日必ず例外なく泣いていたし、保育園ではミルクを拒否し、お昼寝もできず、帰ってくるといつも空腹と睡魔に襲われてヘロヘロだった。
でもそれでもなお、泣き続ける息子の姿を見て、
この姿は必要か、この試練は今の彼にとって必要なのか、と自分自身に幾度となく問うた。
私が選んだことなのに、つらくて、毎日おなかが痛かった。
慣らし保育の期間は離れている息子のことを想像するだけで終わる時間だった。本当に。
 
でも結果周りのお母さんがみんなそう言ってくれたように、
私がきっとそうなると信じてたように、
 
ちびぞうは保育園という場所が大好きになった。
私自身もそのおかげで仕事ができるようになった、ということだけでなく、
私が安心して息子を任せられる場所を見つけられた、ということがうれしかった。
本当に先生たちにいつも感謝していたし、先生たちと息子の成長を一緒に見守れていることがとてもうれしかった。
 
そしてあれからおよそ3年後。
ちびはがんばっている。
大泣きして大声で「行きたくない!!」「楽しくないから行かないから!」
と言い張る息子を無理やり抱きかかえていった今朝。
 
仕事がない今なぜ彼に行ってほしいのかを伝えるのがとても難しくて
説明が上手にできない。
マストではない。でも行ったほうがきっといいと信じている。
でもこの説明がうまくできないのが、私の心がゆらゆらしているのが、彼に伝わっているんじゃないかと反省したり。
 
でも今はただ、元気に笑顔で送り出して、帰り道笑顔で迎えに行くことに尽きる多分。
 
本当に取り留めのない文章を読ませてしまってごめんなさい。
楽しい週末を過ごした分、彼にとって今朝はつらい朝となったようです。

ちびぞう、スカートよりパンツ派

ちびが幼稚園に通い始めて数日たったころ
「ちびはお母さんよりお父さんと過ごす時間が長い?」
と先生に聞かれる我々夫婦
んーと考えて
「そうですね。どちらかというと若干そうかもしれません」
と答えると
「というか男の人と過ごす時間の方が長いですか?」
と先生。

んー
「いや、それはない」
と答える私たち。
「保育園にずっと通っていたけど先生はほぼ全員女の人でした」
するとかぶせるように
「先生たちはみんなスカートかしら?パンツかしら?」と先生

ん?なんのことや?
と思いつつも
「みんなパンツですねぇ」と答えると
「あーそれだわ」と先生。

どうやら幼稚園でちびは、スカートを着ている人たちから離れ、
パンツをはいている人たちに走り寄っていく傾向があるらしい。
その日も一日庭掃除をしてくれているお兄さんや、校長先生である男の先生にかけよっては一緒に遊んでいたとのこと。

確かに私もいつもパンツ。
スカートってめったにはかない。というか日本の女性はパンツ人口多いよね?
こちらの女性はやっぱり正装がスカートなのか、先生もスカートの方が多い(アメリカ人とか欧州系の先生はパンツが多い)。
日本の保育園とか幼稚園って先生デフォルトでパンツですよね。動きにくいもんね、スカート。

しかもちびは
男好き。
こういうと語弊があるかもしれないけれど、男の人が大好き。
女の人は若くてかわいい人が好き、という限定的な傾向笑、があるけど
男の人は若い人も、年配の人もみんな大好き。

鎌倉で日々乗っていたバスの添乗員のおじさんのことが大好きで、本当に本当に可愛がってもらってバスを降りる時におじさんと一緒に家に帰りたがった日々が懐かしい。
いつもいつもおじさんに手をつないでもらってバスを降りていた。

男の人のほうが好きなのは認識していたけどそれに加えてスカート嫌いとは。

先生たちはみな「履ける日はパンツを履いてきますね」と言ってくれ
ちびのために日々パンツをはいてくれる先生もちらほら。ありがたい。
「子どもはそういう服装とか少しの見た目の違いでとても好きになったり嫌いになったり、極度に気持ちが離れたり近づいたりがあるんですよ、だからこれも自然なことだと思いますよ。早く気づいて良かったわ」と言ってくれた先生。
非常にありがたい。そしてそれ、非常に興味深い。

パンツ好きx男好き
ということでなかなか先生方との距離が縮まらないチビ。
好みを変えるってことはなかなか難しいだろうから、その中で付き合い方を見つけてくれるといいなって思うんだけど、、まぁ難しいか。

私もたまにはスカート履こう。