ウガンダから帰国しました。

アフリカから帰国した家族のお話。

帰国しました

すっかりご無沙汰を通り越してもうすぐ最後の記事を書いてからもうすぐ一年。

あっという間の出来事でした。

ウガンダでの記録という目的で始めたブログだったのに、ついつい身近な息子の記録ばかりのブログでした。

かつちびぞうの成長とともにいろんな面でチャレンジされているようなことがあり、メンタルの弱い私は文章を書くのをやめてしまいました。

 

振り返ればすべて良い思い出で、全部書き留めておけばよかったんだろうなと今は心の底から思います。

日々生きているとつらいこともうれしいことも同じようにたくさんあるけれど、記憶になった瞬間、形を変えてしまって、そしてそれはいつか忘れてしまう。

断片的には覚えていてもその時感じたこと、香り、音や感触は忘れてしまって、思い出すことができないもの。

 

自分の備忘録のためだけにも、書いておこうかと思います。

 

日本へ帰国し、1か月半が経過しました。

2か月前はウガンダにいたのに、すでにもう目の前の日本の生活に精一杯になっている感じです。

 

ちびそうも4歳。

新しい生活が始まっています。

 

家族3人のこと。

私のこと。

息子の成長のこと。少しずつ緩い感じで書き留めていこうと思います。

記憶は永遠ではないから、、、だから記録を。

 

 

ぶろぐ少しお休みします

タイトル見てヲイと思われた方も多いと思うんですけど笑。

1ヶ月ほどお休みした上に更新するブログがこれかよ、っていう。

書いてない間もアクセスがあったことが嬉しくかつ心苦しく、一応定期的に読んでくださっていた方へのメッセージということで書いています。

 

ぶろぐ少しお休みします。

 

私たちは夏休みで旅行に出かけていました。

普段よりさらにちびと一緒に過ごす時間が増える中、いろんなことを考えて、このブログに何を書いていくか、などとても悩みました。

もともとウガンダに移住するにあたり何か書いておこうかと思って書き始めたのがきっかけですが、基本は息子ちびぞうの話を書いて来ました。

でも、ネタ元が彼であるということが私の子育ての中の悩み、彼との接し方の悩み、色んな葛藤とコンフリクトを起こすことが多くて、うまく書きたいことを書かなくなってしまいました。

 

もっと本来は率直な思いを書きたいけど、ちびのことを書いている以上彼のプライバシー的にどうかな、とか、他にちびと関わってくれている人にどういう思いをさせるかな、とかいろんなことを考えてしまって。書きたければ書きたいほどに、書いては消し書いては消し、を繰り返してしまうのでした。

 

従って少なくともちびの夏休み中は少しブログをお休みしようと思います。

もしかしたら夏休み中にも書くかもしれないし、夏休み明けても全然書かないかもしれません。

 

ちびのことではない、もっと楽しいネタを見つけられたらそっちにテーマを変えるかもしれません。

 

 

 

ちびぞうは相変わらずとても元気です!

エネルギーが有り余ってるので夏休みは毎日プールプールプール。3歳から4歳になる準備をしてるのかな、という感じでメンタル面での成長も強く感じます。

 

そして、旅行先ではたくさんの刺激を受けてまた大きくなったような気がします。

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定期的に読んでくださっていた皆様(知り合いが半数以上だと思うんですけど)ありがとうございます!

 

メッセージなどをいただくこともあり、いつもとても励みになったし、書いていて良かったなーと思うことがたくさんありました。

 

また書けそうになったらまた書きます!そのときは良ければよろしくお願いしますー!

ちびぞうと私の忍耐力

本当に学年末まであとわずかとなり、

ちびぞうも学校での年末のイベントが目白押しです。

つい数ヶ月前までは、朝起きたあと

「行きたくないな」

と小さくなったり、

「絶対かっちゃといきたい」

とごねて泣いたり

 

学校についてなんだかんだ別れ際に泣いてしまったり

そんなことがあったちび。

でも最近は自ら靴下を履き、靴を履き、カバンを持って積極的な様子で幼稚園に向かうことができるようになったちびぞう。

ほんとうにすごいなぁと思います。

 

それだけでも、この5ヶ月強での大きな成長だよね、と褒めてあげたい。

 

そしてそんなちび。

学校でのオリンピックデーなるものに参加しました。

日本でいう運動会的な?

とにかくみんなで集まって走ったり飛んだりいろんな競技をやる時間。

 

小さい子たちの集まりだけど、体育の時間とかで練習していたのか、みんなでチームに分かれて楽しそうに盛り上がる姿が見れました。

 

保護者も見学大歓迎!

ということだったんだけど、すごく悩んで。。

 

というのも、私たちを見たらきっと私たちから離れなくなってしまうだろうし。

本当はやりたいこともやらなくなってしまうかな、と。

でも私たちはやっぱり見に行きたかったし。

 

悩んで悩んで。見てきました!

 

最初は隠れてこっそり見ていたんだけど、ちびはすごい。遠くからでも即私たちを見つけ。

 

一直線に走ってきました笑

 

そのあとは想像通り。離れたくなくなるか。。と思いきや

 

張り切ってる!

 

最初は離れたくなくて一緒に帰りたい〜〜なんて言っていたけれど、私たちが「見てるからね!」と話すと俄然やる気マックスに!!

 

猛烈に張り切って踊ったり跳ねたり。

 

びっくりでした。。笑

それに、すごいなぁと思ったのはルールを理解してること。周りを見たら英語での説明でもちゃんと輪に入れてるのはすごいよなぁとびっくりでした。

 

もちろんこちらの期待を裏切らず全然やってないやつとか、突然違う先生のところに猛ダッシュして抱っこされたりとか、ちびぞう節は炸裂してた

 

そしてすごいなぁと思ったのがそのあと休憩時間になり先生たちに手を引かれ他の場所へと移動になったのだけど、

私たちと泣くことなくお別れし、先生や友達と教室に戻っていくちび。てっきり「かっちゃととっちゃもきてー!」となることを想像してたので驚き。

 

それだけ幼稚園の場所が彼にとって本当に安心の場、になったんだなぁと感じました。

今まではどこか不安な要素があって、心の中に緊張を抱えていたんだろうけど、最近はそれがなくなったようで晴れやかな表情をしている気がします(私が勝手に思ってる)。

 

 

 

 

日本でとても痛ましい事件があったことをニュースで読み、とてもいたたまれない気持ちになっていたここ最近。

子育てって、子どもと向き合うって、子どもと一緒に成長するって、とても難しい。

本当に難しいなと思うのだけど、子どものことを自分と切り離した第三者として、一人の人間としてリスペクトしていなければ。と改めて感じました。

 

見守ること

見届けること

口出ししないこと

尊重すること

 

子どもが大きくなるにつれよりその力が試されてきて、親にとって一番必要なのは忍耐力かもな、と思うここ最近。

 

ちびも本当に暴れん坊になる時があって、力加減がわからなかったり、やりすぎたりってことが多いけど、口出さないのがとても難しい。でも私に説明されるより、だれかその実体験のグループにいる人に指摘されたりやり返されたりの方が絶対効いてくる。と思う。

でもついつい言ってしまう。言わずにいられない!忍耐力ない!!

 

そんな葛藤が続きます。多分これからもずっと。笑

おしゃべりな私

私はどうも喋りすぎるきらいがある。

喋りすぎる。まだ起こっていないことや、不確定なことまで。

ついつい考えたことを口に出してしまうのでその被害にあうのは私の周りの人みんな。含むちびぞう。

 

最近いろんなことで先々のことを考えることがあってその考えをまんまちびと共有してた。

 

私はちびに特に隠し事とかもしたくないし、なんならちびの考えも聞いてみよう、といつも思ってるからついつい話を振ってしまう。

 

でも最近気づいたんだ。それがちびを不安な気持ちにさせてることがあるかもしれないと。

 

なんでもかんでもオープンに話しすぎて、不確定なことまでちびに共有してしまい、それがちびを振り回してることがあるかもしれないってことに。

 

最近そんなことに、気づいた。

 

なんでもオープンに話しておいた方がいい。なんでもあらかじめ話しておいた方が誠実。なんて思っていたけど、それって必ずしもよくはないのかもしれない。

 

例えばすごく身近なことで言えば、来週予防接種の予定があるとします。

私は予定が決まった時点でちびに伝える。

「来週金曜日予防接種に行くよ。その心算で」と。

でもそれによってちびはその日から金曜日までずっと不安な気持ちを抱えることになる。

だからひょっとしたら伝えるのは前の晩ないしは当日の朝でも良いのかも??ってことにそう、今更ようやく気付いたのです。笑

 

私は喋りすぎるだけでなくて、常に頭や気持ちが少し先に行ってることがある。その場その時を楽しみきるのが得意でなくて、先のことを常に考えては少し心配してる。で心配することで安心するみたいな。

良い例でいうと夏休みの宿題は前半で絶対終わらせるタイプ。でも仕事のプロジェクトとかだと終わるまでそのことが納期まで頭からいっときも離れないタイプ。

 

だから常に先のことを知っておきたい気持ちがあるんだけど。ちびは必ずしもそうではないだろうし、最近ちびがいろんなことに不安を感じてるんだということを知ることがあり。反省。

 

 

 

母親も父親も当たり前のように個々の性格があってその個々の性格が子育てというか子どもとの接し方に大きく大きく影響すると思う。私みたいに話しすぎる、前のめりすぎる母親もいればあまり思ったことをオープンにしないお母さんもいるのかもしれない。

何が良いって言ってるわけじゃなくて。私は今までそうやってやってきて私の人生においては別に良かったけれど、必ずしも子どもと関わる上では私のやり方を押し付けてはいけないということが、、当たり前なんだけど実感として少しわかってきた。

ちびは私や、特に建さんにはよく似ているけれど建さんのやり方だって百パーちびに伝わるわけじゃない。ちびの生き方と同じなわけじゃない。

 

親だからって子どもにこちらのスタンスを押し付けるのじゃなくて、心地よいコミュニケーションや心地よい人間同士の付き合い方を模索して行く必要があるのよね、と思ったわけでした。

 

ほんと当たり前なんだけど、最近実感としてようやく感じることがあって、私的には猛省したので、自分のための備忘録として書いておきます。

 

思ったことをすぐに口にしない。

先々のことでちびに不安要素を与えるような話を早くしすぎない。

 

気をつけよう。

 

3人で作られてる我々家族だけどずっと日々完成に向けて作り上げられている途中なんだから、よりよくできるよう、一人一人気を引き締めていかねば。

 

 

ちびぞう、強くなりたい

強くなりたい

強くなりたい

 

最近事あるごとにこれを口にするちび。

なにかをお願いしたり提案すると

「強くなれる?それ強くなれる?」

という問いが繰り返し返ってきます。

 

そもそも

強さとは何か

そもそも

強い人とはどんな人か

 

彼の中にあったのは物理的なパワー的な強さのみのようだったけどいろんな強さを一緒に考えてみることに。

 

まだ概念的なことを考えるところにいくのにはパワーが必要なので

具体例を出しながら考えてみる

 

彼の中にある強い人とは簡単に言うと父である建さんなんだけど、それ以外にも強い存在を頭に浮かべて話し合う

 

ちびぞうの中で猛烈なブームのライオンキングのナラ(シンバにも勝っちゃうならだからね)。

クラスメイトの憧れの男の子。

おじいちゃん。

宝塚のトップスターさん(家族で好きなもんで。。)

 

身近な存在からテレビの中の人まで色々強い人が出てきたけど、どれもそこまでしっかりきてなくて。

 

何をもって強いのか。

そしてちび自身、どういう強い存在になりたいのか、がまだ定まらないよう。

 

あまり私の考え方で彼の意向や思考を操作したくないけど、私の思う強さとして「かっちゃの思う強さは優しさ」

と伝えたけどそれはしっくりいかないみたい。

 

 

とにかく日々目に見えない強さを糧に頑張ってるちび。

やりたくない体育も。

たまに怖いプールの授業も。

 

強くなれると信じて頑張ることに決めたらしい。

 

形ある目標じゃないと頑張らないとだれかが言ったけど、そうではないかもしれない。

目指すものが明確になってないからこそ、ポテンシャル以上のチカラが出ることもあるかもしれない。

自分が知っている以上のキャパシティに驚くことがあるかもしれない。

 

まだわからぬ強さが、

ちびにも形の見えぬ強さが、

彼を押し上げて押し広げていく。

 

まだ見えない強い人になるべく。

まだ知り得ぬ強い存在になるべく。

 

がむしゃらに頑張るパワーを発揮できるちびが私にとってはすでに一回り強くなった存在のような気がして頼もしい。

 

そして強さを目指しながら自分の認める強い人になってくれるよう、こっそりと見守ろう。

 

あなたにとって強い人って、どんな人ですか?

強さってなんですか?

 

ちびぞう、笑いを味方に

いつからだろうか。

もはやもう記憶にないのだけど、ちびは小さい頃から人のことを笑わせるのが大好きで、常にどうやったら人が笑ってくれるか、を考えているようなタイプの人。

 

まだまだ言葉の出るテンポがついていかないけど、面白いと言われたことを繰り返したり、大事なことを溜めて言ったり、ずっと人の顔を見て何が面白いと思われるのかを観察してる。

 

そんな感じの人だった。

 

もともとおしゃべりが大好きだし、人に笑ってもらう前に自分が喋りながら笑ってしまう人で、私たちも彼にいつもいつも笑いをもらってる。

 

そんなおちび。

 

ウガンダに来て学校に行き始めてからはそんな得意の笑いもおしゃべりも全然披露できないからとてもストレスを溜めてるようだったし、幼稚園をこっそり見学に行くといつもいつも静かーに座ってた。

一人で静かに気配を消して座ってることが多くて、私の知ってる喜怒哀楽の塊のような彼とは全く別人物のようだった。

 

 

でもここ最近、本当にみるみる英語が上達してきて、彼はどんどん自分の言いたいことを英語で他の人に伝えられるようになってきた。

 

するとみるみるうちにひょうきんモードを取り戻してきた、ちびぞう。

 

単純な英語の単語の組み合わせで人をいじったり(たまに失礼な場合もあるので、やめてほしいけど)、

変な顔したり変なポーズしたり、

面白い単語を連発したり、

 

周りに笑ってもらえる快感を英語でも得つつあるよう。

 

幼稚園に迎えに行くと一人ででも大きな声を出して笑ってる。

朝幼稚園に行ってもまず到着したら、「おはよう、ちび!」という友だちの挨拶に「ガハハハ」と笑いで返す人。

 

半分照れ隠しの笑いなんだと思うけど、笑いは周りを不快にすることは少ないから、笑っていると「あいつなんかいつも笑ってるやつだよなー」と戸惑いながらも、周りも笑ってくれたりする。

 

そしてある日先生に

「本当にちびは面白い子ですよ。楽しい。」と言ってもらえたことがあって、ああ、すごいなぁ、と素直に私も彼に感心してしまった。

 

この短期間の間に、英語を少しずつ習得し、自分のキャラを取り戻したちび。しかもそのキャラで幼稚園コミュニティの中で、自分のポジションを確立しつつあるみたい。

いろんなキャラクターの子がいるけど、晴れて「なんか笑ってる変なやつ」という称号を手に入れたちびぞう。笑

 

いろんなことがあるけど彼自身最近は結構笑いで乗り越えてる。

 

幼稚園でも少しずつ自分の思う自分が出せるようになってきたからか、家での過度な喜怒哀楽(主に怒哀)がどんどん弱まってきて、比較的穏やかなちびを見る日が増えつつある(とはいえ、ちょーやんちゃで猛烈にうるさいし暴れん坊)。

 

そして最近はこっそりちびの様子を見にいくと、前みたいに静か〜に座ってる彼を見ることは減り、多くの確立で声を上げて笑っている。

 

だいたい周りの人は笑ってないことが多いのでちびが一人で大声を上げて笑っているっていうかなり不思議な光景(アニマル○口にそっくりな笑いが)なんだけど、笑っている時のちびは幸せそうで私は見ているだけでハッピーになれるので、それだけで嬉しい。

 

 

そしてアウェイな状況でもキャッチアップしながら笑いを味方にする彼を見て、強く生きてるなぁもひたすら感心する私でした。

あと学年終わりまで少し。長い夏休みのあとはまた新しい学年、新しい先生、と新たなチャレンジが目白押しだけど、笑いとともに乗り切ってもらいたい。

 

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ちびぞう、別れの経験

日本では別れの時期といえば3月だろうか。

こちらは今がまさに年度末の前の時期。

6月半ばで学校が終わり、8月までは夏休み。8月から新しい学年がスタートする。だからあと数週間もすれば別れの時期に突入です。

 

日本でも卒業式のタイミングや修了式のタイミングで必ず別れがあったり、入学式や始業式のタイミングで出会いがあったりするけれど、海外生活ではそれがより多かったりする。

いわゆるエクスパットと呼ばれる人たちの集まりのコミュニティでは、任期がある人たちが多いし、このタイミングで国を去る人が多くいるからだ。

 

ちびたちのコミュニティでもそれはもちろん例外ではなく。 

クラスの友達の中でもお別れいくつかありそう。

もちろん8月には新たにとっても楽しい出会いが待っていると思うけれど、やっぱり別れは寂しいもの。

 

 

私自身を振り返っても、ずっと引越しばかりを繰り返していたので私の幼少期も青春時代も、別れと出会いの連続だった気がします。

 

別れがあって出会いがあるからそれは本当に幸せなことだったけど、でも別れはいつも寂しかった。

 

 

でもちびを見ていると、別れってとても貴重な体験の繰り返しだなぁとおもう。

いい別れをたくさん経験して欲しいなぁとおもう。すでに日本を立つときに多くの別れを経験済みなちびも、数々の別れとともにいろんな感情を新たに学んだ。

 

別れって、その人との思い出を振り返る、大きなきっかけ。

その人との思い出を振り返るとき同時にその人と関わってきた自分のことにを振り返る。

自分のことを振り返ることって意識してもなかなかできないことだったりするから、強制的にさせられることって貴重だ。

 

出会いはもちろん幸せで大切なできごとだけど、出会いが良い経験として意味を持ち始めるのは出会った瞬間じゃなくてもっとずっとあとなきがする。関わりが生まれてから。それに引き換え別れは別れを意識した時から別れたあとまでずっとその「別れ」という経験そのものが意味を持つ。

 

 

いい別れがたくさんあると、自分を見つめ直すきっかけをそれだけたくさんもらえるってこと。それだけ考えるトリガーに出会えるわけである。いいなぁ、別れ。いい別れ。

 

 

 

 

毎回のことだけど、自分の経験からだとさして貴重に思わなかったり、大切に思えなかったことも、ちびを通じて見てみると全く違う捉え方ができたりして、すごくありがたいし、いいなと思う。

 

今回私自身もウガンダに来てすでに別れをいくつか経験しているけれど、別れを経験するたびに私の小さい世界がどんどん押し広げられていく気がしてる。

 

ちびはここにいる間に何度、何人と別れを経験できるだろうか。

 

忘れてしまう別れも多くあるとおもうけど忘れることは別に悪いことじゃない。その時どう思うか、が大切で、別れを恐れず日々生きてほしいなぁと思う。

 

私もちびに負けずたくさん良い別れを経験したい。たくさんたくさん別れがある中で、いつも大切に残っていくものを何より大事にケアしながら、生きていこう。