家族でアフリカに住んでます。

アフリカ生活における家族の記録。主に息子ちびぞう(3歳)のおはなし。

ちびぞうと私の忍耐力

本当に学年末まであとわずかとなり、

ちびぞうも学校での年末のイベントが目白押しです。

つい数ヶ月前までは、朝起きたあと

「行きたくないな」

と小さくなったり、

「絶対かっちゃといきたい」

とごねて泣いたり

 

学校についてなんだかんだ別れ際に泣いてしまったり

そんなことがあったちび。

でも最近は自ら靴下を履き、靴を履き、カバンを持って積極的な様子で幼稚園に向かうことができるようになったちびぞう。

ほんとうにすごいなぁと思います。

 

それだけでも、この5ヶ月強での大きな成長だよね、と褒めてあげたい。

 

そしてそんなちび。

学校でのオリンピックデーなるものに参加しました。

日本でいう運動会的な?

とにかくみんなで集まって走ったり飛んだりいろんな競技をやる時間。

 

小さい子たちの集まりだけど、体育の時間とかで練習していたのか、みんなでチームに分かれて楽しそうに盛り上がる姿が見れました。

 

保護者も見学大歓迎!

ということだったんだけど、すごく悩んで。。

 

というのも、私たちを見たらきっと私たちから離れなくなってしまうだろうし。

本当はやりたいこともやらなくなってしまうかな、と。

でも私たちはやっぱり見に行きたかったし。

 

悩んで悩んで。見てきました!

 

最初は隠れてこっそり見ていたんだけど、ちびはすごい。遠くからでも即私たちを見つけ。

 

一直線に走ってきました笑

 

そのあとは想像通り。離れたくなくなるか。。と思いきや

 

張り切ってる!

 

最初は離れたくなくて一緒に帰りたい〜〜なんて言っていたけれど、私たちが「見てるからね!」と話すと俄然やる気マックスに!!

 

猛烈に張り切って踊ったり跳ねたり。

 

びっくりでした。。笑

それに、すごいなぁと思ったのはルールを理解してること。周りを見たら英語での説明でもちゃんと輪に入れてるのはすごいよなぁとびっくりでした。

 

もちろんこちらの期待を裏切らず全然やってないやつとか、突然違う先生のところに猛ダッシュして抱っこされたりとか、ちびぞう節は炸裂してた

 

そしてすごいなぁと思ったのがそのあと休憩時間になり先生たちに手を引かれ他の場所へと移動になったのだけど、

私たちと泣くことなくお別れし、先生や友達と教室に戻っていくちび。てっきり「かっちゃととっちゃもきてー!」となることを想像してたので驚き。

 

それだけ幼稚園の場所が彼にとって本当に安心の場、になったんだなぁと感じました。

今まではどこか不安な要素があって、心の中に緊張を抱えていたんだろうけど、最近はそれがなくなったようで晴れやかな表情をしている気がします(私が勝手に思ってる)。

 

 

 

 

日本でとても痛ましい事件があったことをニュースで読み、とてもいたたまれない気持ちになっていたここ最近。

子育てって、子どもと向き合うって、子どもと一緒に成長するって、とても難しい。

本当に難しいなと思うのだけど、子どものことを自分と切り離した第三者として、一人の人間としてリスペクトしていなければ。と改めて感じました。

 

見守ること

見届けること

口出ししないこと

尊重すること

 

子どもが大きくなるにつれよりその力が試されてきて、親にとって一番必要なのは忍耐力かもな、と思うここ最近。

 

ちびも本当に暴れん坊になる時があって、力加減がわからなかったり、やりすぎたりってことが多いけど、口出さないのがとても難しい。でも私に説明されるより、だれかその実体験のグループにいる人に指摘されたりやり返されたりの方が絶対効いてくる。と思う。

でもついつい言ってしまう。言わずにいられない!忍耐力ない!!

 

そんな葛藤が続きます。多分これからもずっと。笑

おしゃべりな私

私はどうも喋りすぎるきらいがある。

喋りすぎる。まだ起こっていないことや、不確定なことまで。

ついつい考えたことを口に出してしまうのでその被害にあうのは私の周りの人みんな。含むちびぞう。

 

最近いろんなことで先々のことを考えることがあってその考えをまんまちびと共有してた。

 

私はちびに特に隠し事とかもしたくないし、なんならちびの考えも聞いてみよう、といつも思ってるからついつい話を振ってしまう。

 

でも最近気づいたんだ。それがちびを不安な気持ちにさせてることがあるかもしれないと。

 

なんでもかんでもオープンに話しすぎて、不確定なことまでちびに共有してしまい、それがちびを振り回してることがあるかもしれないってことに。

 

最近そんなことに、気づいた。

 

なんでもオープンに話しておいた方がいい。なんでもあらかじめ話しておいた方が誠実。なんて思っていたけど、それって必ずしもよくはないのかもしれない。

 

例えばすごく身近なことで言えば、来週予防接種の予定があるとします。

私は予定が決まった時点でちびに伝える。

「来週金曜日予防接種に行くよ。その心算で」と。

でもそれによってちびはその日から金曜日までずっと不安な気持ちを抱えることになる。

だからひょっとしたら伝えるのは前の晩ないしは当日の朝でも良いのかも??ってことにそう、今更ようやく気付いたのです。笑

 

私は喋りすぎるだけでなくて、常に頭や気持ちが少し先に行ってることがある。その場その時を楽しみきるのが得意でなくて、先のことを常に考えては少し心配してる。で心配することで安心するみたいな。

良い例でいうと夏休みの宿題は前半で絶対終わらせるタイプ。でも仕事のプロジェクトとかだと終わるまでそのことが納期まで頭からいっときも離れないタイプ。

 

だから常に先のことを知っておきたい気持ちがあるんだけど。ちびは必ずしもそうではないだろうし、最近ちびがいろんなことに不安を感じてるんだということを知ることがあり。反省。

 

 

 

母親も父親も当たり前のように個々の性格があってその個々の性格が子育てというか子どもとの接し方に大きく大きく影響すると思う。私みたいに話しすぎる、前のめりすぎる母親もいればあまり思ったことをオープンにしないお母さんもいるのかもしれない。

何が良いって言ってるわけじゃなくて。私は今までそうやってやってきて私の人生においては別に良かったけれど、必ずしも子どもと関わる上では私のやり方を押し付けてはいけないということが、、当たり前なんだけど実感として少しわかってきた。

ちびは私や、特に建さんにはよく似ているけれど建さんのやり方だって百パーちびに伝わるわけじゃない。ちびの生き方と同じなわけじゃない。

 

親だからって子どもにこちらのスタンスを押し付けるのじゃなくて、心地よいコミュニケーションや心地よい人間同士の付き合い方を模索して行く必要があるのよね、と思ったわけでした。

 

ほんと当たり前なんだけど、最近実感としてようやく感じることがあって、私的には猛省したので、自分のための備忘録として書いておきます。

 

思ったことをすぐに口にしない。

先々のことでちびに不安要素を与えるような話を早くしすぎない。

 

気をつけよう。

 

3人で作られてる我々家族だけどずっと日々完成に向けて作り上げられている途中なんだから、よりよくできるよう、一人一人気を引き締めていかねば。

 

 

ちびぞう、強くなりたい

強くなりたい

強くなりたい

 

最近事あるごとにこれを口にするちび。

なにかをお願いしたり提案すると

「強くなれる?それ強くなれる?」

という問いが繰り返し返ってきます。

 

そもそも

強さとは何か

そもそも

強い人とはどんな人か

 

彼の中にあったのは物理的なパワー的な強さのみのようだったけどいろんな強さを一緒に考えてみることに。

 

まだ概念的なことを考えるところにいくのにはパワーが必要なので

具体例を出しながら考えてみる

 

彼の中にある強い人とは簡単に言うと父である建さんなんだけど、それ以外にも強い存在を頭に浮かべて話し合う

 

ちびぞうの中で猛烈なブームのライオンキングのナラ(シンバにも勝っちゃうならだからね)。

クラスメイトの憧れの男の子。

おじいちゃん。

宝塚のトップスターさん(家族で好きなもんで。。)

 

身近な存在からテレビの中の人まで色々強い人が出てきたけど、どれもそこまでしっかりきてなくて。

 

何をもって強いのか。

そしてちび自身、どういう強い存在になりたいのか、がまだ定まらないよう。

 

あまり私の考え方で彼の意向や思考を操作したくないけど、私の思う強さとして「かっちゃの思う強さは優しさ」

と伝えたけどそれはしっくりいかないみたい。

 

 

とにかく日々目に見えない強さを糧に頑張ってるちび。

やりたくない体育も。

たまに怖いプールの授業も。

 

強くなれると信じて頑張ることに決めたらしい。

 

形ある目標じゃないと頑張らないとだれかが言ったけど、そうではないかもしれない。

目指すものが明確になってないからこそ、ポテンシャル以上のチカラが出ることもあるかもしれない。

自分が知っている以上のキャパシティに驚くことがあるかもしれない。

 

まだわからぬ強さが、

ちびにも形の見えぬ強さが、

彼を押し上げて押し広げていく。

 

まだ見えない強い人になるべく。

まだ知り得ぬ強い存在になるべく。

 

がむしゃらに頑張るパワーを発揮できるちびが私にとってはすでに一回り強くなった存在のような気がして頼もしい。

 

そして強さを目指しながら自分の認める強い人になってくれるよう、こっそりと見守ろう。

 

あなたにとって強い人って、どんな人ですか?

強さってなんですか?

 

ちびぞう、笑いを味方に

いつからだろうか。

もはやもう記憶にないのだけど、ちびは小さい頃から人のことを笑わせるのが大好きで、常にどうやったら人が笑ってくれるか、を考えているようなタイプの人。

 

まだまだ言葉の出るテンポがついていかないけど、面白いと言われたことを繰り返したり、大事なことを溜めて言ったり、ずっと人の顔を見て何が面白いと思われるのかを観察してる。

 

そんな感じの人だった。

 

もともとおしゃべりが大好きだし、人に笑ってもらう前に自分が喋りながら笑ってしまう人で、私たちも彼にいつもいつも笑いをもらってる。

 

そんなおちび。

 

ウガンダに来て学校に行き始めてからはそんな得意の笑いもおしゃべりも全然披露できないからとてもストレスを溜めてるようだったし、幼稚園をこっそり見学に行くといつもいつも静かーに座ってた。

一人で静かに気配を消して座ってることが多くて、私の知ってる喜怒哀楽の塊のような彼とは全く別人物のようだった。

 

 

でもここ最近、本当にみるみる英語が上達してきて、彼はどんどん自分の言いたいことを英語で他の人に伝えられるようになってきた。

 

するとみるみるうちにひょうきんモードを取り戻してきた、ちびぞう。

 

単純な英語の単語の組み合わせで人をいじったり(たまに失礼な場合もあるので、やめてほしいけど)、

変な顔したり変なポーズしたり、

面白い単語を連発したり、

 

周りに笑ってもらえる快感を英語でも得つつあるよう。

 

幼稚園に迎えに行くと一人ででも大きな声を出して笑ってる。

朝幼稚園に行ってもまず到着したら、「おはよう、ちび!」という友だちの挨拶に「ガハハハ」と笑いで返す人。

 

半分照れ隠しの笑いなんだと思うけど、笑いは周りを不快にすることは少ないから、笑っていると「あいつなんかいつも笑ってるやつだよなー」と戸惑いながらも、周りも笑ってくれたりする。

 

そしてある日先生に

「本当にちびは面白い子ですよ。楽しい。」と言ってもらえたことがあって、ああ、すごいなぁ、と素直に私も彼に感心してしまった。

 

この短期間の間に、英語を少しずつ習得し、自分のキャラを取り戻したちび。しかもそのキャラで幼稚園コミュニティの中で、自分のポジションを確立しつつあるみたい。

いろんなキャラクターの子がいるけど、晴れて「なんか笑ってる変なやつ」という称号を手に入れたちびぞう。笑

 

いろんなことがあるけど彼自身最近は結構笑いで乗り越えてる。

 

幼稚園でも少しずつ自分の思う自分が出せるようになってきたからか、家での過度な喜怒哀楽(主に怒哀)がどんどん弱まってきて、比較的穏やかなちびを見る日が増えつつある(とはいえ、ちょーやんちゃで猛烈にうるさいし暴れん坊)。

 

そして最近はこっそりちびの様子を見にいくと、前みたいに静か〜に座ってる彼を見ることは減り、多くの確立で声を上げて笑っている。

 

だいたい周りの人は笑ってないことが多いのでちびが一人で大声を上げて笑っているっていうかなり不思議な光景(アニマル○口にそっくりな笑いが)なんだけど、笑っている時のちびは幸せそうで私は見ているだけでハッピーになれるので、それだけで嬉しい。

 

 

そしてアウェイな状況でもキャッチアップしながら笑いを味方にする彼を見て、強く生きてるなぁもひたすら感心する私でした。

あと学年終わりまで少し。長い夏休みのあとはまた新しい学年、新しい先生、と新たなチャレンジが目白押しだけど、笑いとともに乗り切ってもらいたい。

 

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ちびぞう、別れの経験

日本では別れの時期といえば3月だろうか。

こちらは今がまさに年度末の前の時期。

6月半ばで学校が終わり、8月までは夏休み。8月から新しい学年がスタートする。だからあと数週間もすれば別れの時期に突入です。

 

日本でも卒業式のタイミングや修了式のタイミングで必ず別れがあったり、入学式や始業式のタイミングで出会いがあったりするけれど、海外生活ではそれがより多かったりする。

いわゆるエクスパットと呼ばれる人たちの集まりのコミュニティでは、任期がある人たちが多いし、このタイミングで国を去る人が多くいるからだ。

 

ちびたちのコミュニティでもそれはもちろん例外ではなく。 

クラスの友達の中でもお別れいくつかありそう。

もちろん8月には新たにとっても楽しい出会いが待っていると思うけれど、やっぱり別れは寂しいもの。

 

 

私自身を振り返っても、ずっと引越しばかりを繰り返していたので私の幼少期も青春時代も、別れと出会いの連続だった気がします。

 

別れがあって出会いがあるからそれは本当に幸せなことだったけど、でも別れはいつも寂しかった。

 

 

でもちびを見ていると、別れってとても貴重な体験の繰り返しだなぁとおもう。

いい別れをたくさん経験して欲しいなぁとおもう。すでに日本を立つときに多くの別れを経験済みなちびも、数々の別れとともにいろんな感情を新たに学んだ。

 

別れって、その人との思い出を振り返る、大きなきっかけ。

その人との思い出を振り返るとき同時にその人と関わってきた自分のことにを振り返る。

自分のことを振り返ることって意識してもなかなかできないことだったりするから、強制的にさせられることって貴重だ。

 

出会いはもちろん幸せで大切なできごとだけど、出会いが良い経験として意味を持ち始めるのは出会った瞬間じゃなくてもっとずっとあとなきがする。関わりが生まれてから。それに引き換え別れは別れを意識した時から別れたあとまでずっとその「別れ」という経験そのものが意味を持つ。

 

 

いい別れがたくさんあると、自分を見つめ直すきっかけをそれだけたくさんもらえるってこと。それだけ考えるトリガーに出会えるわけである。いいなぁ、別れ。いい別れ。

 

 

 

 

毎回のことだけど、自分の経験からだとさして貴重に思わなかったり、大切に思えなかったことも、ちびを通じて見てみると全く違う捉え方ができたりして、すごくありがたいし、いいなと思う。

 

今回私自身もウガンダに来てすでに別れをいくつか経験しているけれど、別れを経験するたびに私の小さい世界がどんどん押し広げられていく気がしてる。

 

ちびはここにいる間に何度、何人と別れを経験できるだろうか。

 

忘れてしまう別れも多くあるとおもうけど忘れることは別に悪いことじゃない。その時どう思うか、が大切で、別れを恐れず日々生きてほしいなぁと思う。

 

私もちびに負けずたくさん良い別れを経験したい。たくさんたくさん別れがある中で、いつも大切に残っていくものを何より大事にケアしながら、生きていこう。

 

ちびぞう、帰国後のおはなし

あっという間に時間は過ぎるもので、

ウガンダにきて5ヶ月が経過しようとしています。

本当になんだかあっという間でした。

最初の3ヶ月はなんだか探り探りで、4ヶ月目くらいから一気にいろんなことが回り出し、本当に日々があっという間に過ぎていく。

 

そんな私にとっていつも頭の中に課題としてあるのは、いつ頃から帰国した後のことを真剣に考え始めるか、です。

 

仕事はともかく、

一番はちびのこと。ちびの教育に関わる事は全て。

 

住もうかなと思っているエリアはあるものの、それ以外は全てノープランな私たち。

 

どこに住むか、2人とも仕事をするのか、それともしばらくお休みするか、いろんな諸条件によってもちびの過ごし方は大きく変わってくると思います。

 

ウガンダではべったり祖父母も一緒で、私たちもかなりのんびりちびと関わってきたから、

帰国して突然両親2人とも大忙しで仕事をし始めたらちびも大きく戸惑うだろうし。やっぱり特に最初は少しのんびり彼の様子を見ていたい。

とはいえ仕事をしないなら幼稚園?

幼稚園に入れたらしばらく仕事はなしか?など。

 

こちらに来る前から考えていたことばかりだけれど、全てをまた同じようになぞるように考えています。

 

自分のことは全てなるようにしかならないし、今やっていることや、やりたいことについてものんびり関わっていけば良いか〜なんて思っているけれどちびについては帰る前から考えてあげないと、リサーチしておかないと、とおもうところ。

 

そうおもうとなんだか早々のんびりしてもいられない気もしてきました。笑

こちらは学校ももうすぐ年度末。

周りでも年度末の夏休みの話でみんな盛り上がってきました。

最高学年の子たちは金曜日が卒業式で学校も終わり。

 

夏休みはのんびりしたいけれど休みからあけたらそろそろ本格的に帰国後のことも少しずつ考え始めなければいけないのかな、と思います。

 

少し憂鬱な気もするけれど。、私たちの生活のベースはここではないし、この期間をより楽しく充実したものにするためにも、帰国後のことを本気で考えることもこちらにいる中での重要なミッションだろうな、という気がしてきました(遅

 

相変わらずこちらでは本当に素敵な出会いをたくさんもらいつつ、幸せな時間ばかりを過ごしつつ、ちびの様子ものんびり見守る生活ができています。

日本で全く同じように、とはもちろん言わないけれど、同じように地に足のついた、大事なものをとくに大事に、必要のないところには風呂敷を広げ過ぎず。で、大切な時間と多く時間を取れるような生活にしていきたいな、とだけ思っています。

 

とはいえズルズルと考えても仕方ないので、忘れないようブログだけには書いておき、今は保留に。

まずは目の前にある夏休み。夏休みをエンジョイしたらまたゆっくりしっかり考えます。

 

 

 

 

ちびぞう、大事なことは何か

間が空いてしまいました。

考えているうちに時間が経って間が空いてしまいました。

ちびは相変わらずの超絶反抗期ですがなんだかんだ本当に可愛いやつです。

 

 

そんなちびを見ていてわからなくなることがあります。

彼が成長していく上で大事なことは何か。

 

ものを貸せなかったり。

順番を譲ってあげられなかったり。

叩かれたら叩き返したり。

嫌なことを言われたら威嚇したり。

 

親から見ているとハラハラすることばかりだったりして。

他の子どもと接しているとついつい気になることが多かったりするけど。

 

大したことではないのかなって。

大した問題ではないのかなって。

 

人に優しくできることってもちろん大事なことなのだけど、親からしてみたら優しくなって欲しくて彼を生んだわけでも育てているわけでもないのだ。

なんか乱暴な言い方で本当に捉え方によってはだいぶん問題のある親な気がするけど。

言いたいことがうまくかけないんだけど。

 

違うんだ。

優しい子に成長してほしい、とか思わない。

思いやりのある子に育って欲しい、とか思わない。

 

そりゃたまたまちびぞうが優しい大人になっていったら丸儲けだけど、でもそんなことは本当に親からすれば瑣末なことだと思う。

 

 

いつもいってきました。

自分で決められる人になってくれればそれでいいって。

自分で考えて判断できる人になってほしいって。

 

どんな結論でもきちんと考えて出した結論なのであればそれでいいと。

ただその分考えることだけは決して怠らない人になってほしいと。

 

でも目の前で成長している彼をみているとなんだか不必要なことに惑わされることが多くて。

いろんな子どもたちと接していると余計なことに引っ張られることも多くて。

 

でも違う。

 

親が子どもに何かを求めること自体どうかなと思うけど。でも何かを彼に希望するならひとつだけ。

考えてくれ。

自分の考えに責任を持って、自分で考えて、つどつど決めていってくれと。

 

そのためには私もちゃんと考えて彼に接していなければ。

 

なんてことを思いました。

 

色々ウガンダに来て気持ちが開放的になって感性に引っ張られることはあるけど、それはそれで大切にしつつ我が家が大事にしてる「自分のことは自分できちんと、きちんと考えて決める」というところからぶれないようにしたいな、とあらためておもいました。

 

こういう環境にいるからこそ、一緒に考えなければ。

 

間が空いた割には!

、、なブログになってしまった、、

 

明日以降少しずつ溜まっていることを書きます。

世界を旅する世界を料理するシリーズもなんだかんだ溜まってるんだ!!