家族でアフリカに住んでます。

アフリカ生活における家族の記録。主に息子ちびぞう(3歳)のおはなし。

ちびぞう、「言ってみたい」を言える力

ちびぞうを見ていると、どうしても自分が英語を勉強していた頃のことを振り返って重ねてしまうのでいろんなことを思い出す。

思い出して比べているとすごいな、ほんと彼らってすごいな、と思うことがたくさんあって、良い気づきの嵐。

 

その中でももうダントツ一番は

 

「言ってみたいを言える凄さ」。

 

彼は耳がキャッチした英語をすぐ使ってみる。聞いていて、なんとなくわかったら、使い方はなんとなくでも、本当にすぐ使う。

 

これが大人のできない一番のハードルだと思う。大人というかある程度大きくなると難しい。

 

今でも忘れられない私の若かりし日のエピソード。

私が英語を勉強し始めた頃「exactly」という単語がすごくカッコ良く聞こえて、本当にいつも使ってみたかった。

自分に向けて言ってみたり、小さい声でこっそり言ってみたりをしたけど、実際使えるようになるのは本当に時間が経ってからだったと思う。

「頭の中で描いている英語の文や言葉を言葉に出して実際現場で使うまで」この期間が大人になると、というか成長につれどんどん長くなる。

これが多分言語習得の中での一番長い期間かも(もちろん人によるのは間違いない)。

 

成長につれどんどん失敗を恐れるようになり、母国語の安心に溺れるようになり、その中から抜け出すのが怖いから。

だから使わない。そのとき必要な単語を知っていても使わない。

発話しない。使い方は知ってるのに。やり方は知ってるのに。伝わらなかった時のことが、怖いから。

理解してもらえない状態を想像した時、恥ずかしいから。

 

実際は思ったよりも、聞いてる人も皆一生懸命理解しようとしてくれるものだけど、でもやっぱり恥や恐怖が邪魔する現実。これをなかなか乗り越えられない。少なくとも私はそうだったから。

 

いつも恐る恐る。いつもドキドキ。

いつも、理解してもらえるだろうか、わかってもらえるだろうか。伝わるだろうか。笑われてしまわないだろうか。

 

そんなことばなりが頭のてっぺんにあって、取り繕う準備だけ万端にして会話に挑んでいた。

今はそんなことはないけど、その壁を乗り越えるのに一体何年かかったんだろうか。恐ろしい年月だと思う。

 

でもちびはちがう。

 

「mummy」という単語を知り、それがお母さんだと知ったらすぐさま私を呼ぶときに使ってみる。

Good morning mummy

Bye mummy

I love you mummy

使ってみて自分の言葉を聞いてみて、反応をもちろんみてまたすぐ使う。

このサイクルがどんどんどんどん早くなってどんどんどんどんキャッチしていって、彼は上手くなる。

使ってみると微妙なニュアンスの違いもわかるし、相手が直してくれたり、実際伝わらないこともある。でもそんなときにより多くを学ぶから。

 

 

 

喋らない、とか母国語で喋る、とかいろんな抜け道がある中、抜け道に見向きもせず、まっすぐ進んでいく姿勢。

なかなか真似できないです。だから子どもの語学習得スピードは早いんだろうか。

 

 

私にできることはすごく少ないけど彼が新しい単語を話してる姿を見かけたときは、ものすごく褒めるようにしてます。オーバーなくらいに。

たったひとつの単語でも覚えていくと文章になるし、繰り返していくと自分のものになっていくから。ひとつの単語もバカにできない。ネガティヴな言葉も汚い言葉もたくさん覚えてから選択して使っていけばいい。

 

だから、新しいことを躊躇せず使う彼の姿を見かけたときは人一倍喜んでみます。

 

 

 

 

なんて、日々魔の3歳児に直面しながら鬼になっているので、また怒りたくなったらこれを何度も読み直して、ちびを褒めてあげることにしたいと思います。はう。。

 

日本恋しい?

本当に突然の私ごとですが、

モノノフ(ももいろクローバーZのファン)歴が7年弱になります。

 

Zになったばかりの彼女たちをたまたまテレビで見かけて気になるようになり、筋肉少女帯とホルモン目的で行ったフェスで改めて好きだと確信し、即ファンクラブに加入。

 

それからプライベートは本当にももクロとセットで。

建さんが一緒にファンになったからということもあるけれど、ももクロの地方ライブに合わせて旅行に行き、有給休暇もボーナスもももクロに充ててきました。

 

つわりがひどいときに国立でのライブがあり、臨月間近のお腹を抱えて桃神祭のツーデイズに参戦。ちびが生まれてからは少しずつ足が遠のいているけどちびも従えて子ども祭り(ももクロの子ども向けライブ)に行ったりして。

 

そんな大好きなももクロちゃん

ウガンダに来て日本を離れて早々に私のモノノフ歴最強にびっくりする出来事があり(メンバー脱退)。

こんな時期に日本にいて彼女たちを応援できないことがものすごく辛いです、、、笑

 

ピンチに直面している彼女たちこそ余計に応援したくなる、それがモノノフの心理かもな、と思ったりします。

 

あ、本当にどうでも良い内容ですみません。

 

 

 

突然なんでこんなことを書いたかというと。

こちらにきて4ヶ月弱、「日本が恋しいことある?」と聞かれたからです。

 

どうだろう、と思ってうーんと考えてみて。日本の何かで恋しいことがあるかな?と考えてみて。

 

 

「人」

もちろん大切な人たちにあまり顔を合わせられなくて少しさみしいのはもちろん恋しいなのかな、と思うけど。

でもそれはそれほどではない。

突然の薄情者!と思った方、違います笑

またすぐ会えるっていう安心感があるし、それに今ってネットがすごいから。ネットって本当すごい。

父と母が若かりし日海をまたいだ遠距離恋愛をしていたときは恐ろしい数の文通をしていたと聞き、今は本当に楽だなぁと思う。

日本で飲み会をしている友達にテレビ電話で参加したりできるもの。時差があるけど。。ウガンダのネットワークひどいけど。。

でもだから、あんまり離れている気がしないのです。

 

 

「もの」

食べ物?飲み物?洋服?化粧品。。

この辺りは今のところ全くない気が。

突然「黒ラベルのみたいなー」みたいな事態が訪れるかなと思ったけどそれほどではないです。代替可能です。ウガンダビール美味しいしね。

 

洋服や化粧品とかは先日の記事に書いた通り。ほんとになくても大丈夫って知りました。少なくとも今の生活においては。限られたものの中で満足してます。まだ4ヶ月弱だからね。

 

 

 

「利便性」

あとは日本最強説のこれ。

これはですねー。恋しくないです。全く。ほんと全く。

これが昔はアフリカにいるといつも恋しくて恋しくて。恋しくて仕方なかったけど今は全然だな。

私の生活がウガンダの生活にしてはものすごく恵まれてるからっていうのが大きいんだけど、、、

なんでも便利に手に入らない。どこでもすぐに行けない。っていうのは、近くのものを大事にするなぁと思います。近しい人とか家の中とか、今あるものとか。

だからこの感覚は大事にしたいです。

 

 

 

で、結論からいうと。

今んところ恋しいものってないなぁと思っていたんですけどそんな時「これは!」と思ったのですよ。それがももクロちゃん

 

ライブに行きたいなぁと思ってもCDを買いたいなぁと思ってもできないから、あまり応援できずそれがとても残念!

恋しいなぁ。このブログを読んでくださってる限られた読者の方々の中にもしモノノフさんがいらっしゃれば、代わりに応援よろしくお願いします。笑

 

 

なんだこりゃ。

ちびぞう、「大丈夫」だよ。

月曜日は私は料理教室の日。

開始一時間前くらいから学校に行き準備をして午後一時間20人の5歳から8歳くらいまでの子どもたちと大騒ぎ!

 

とっても楽しい教室だけど終わった後にドッと疲れが出ます、、、今日は昨日の疲れからか本当に起きられなかったー。気がついたらちびをおこさなければいけない時間になってました。笑

そんなバタバタな月曜日。

 

そんな月曜日はちびのお迎えには建さん。私がバタバタしているのでお迎えをお願いしているのですが、、、

 

料理教室を終えて家に帰ると、あれ?

なんだかおかしい。

なんかおかしい。

 

だいぶ前に帰宅しているはずのちびの荷物が玄関に置かれているし。靴もその辺に。。おや?

 

と思って聞いてみると私の顔を見るなり建さん平謝り。

 

どうやら昼寝してしまったらしく、気づいたらちびを迎えなければ行けない時間をとうにすぎていたとのこと!

わお、びっくり。

最近頑張りすぎて建さん色々疲れていたんだなぁと思うけれど、それより先に軽く怒ってしまった私。

「えーーちょっとー!!」と怒る私に

「大丈夫大丈夫。大丈夫よ、かっちゃ。大丈夫なのよ。」とちびぞう。私が振り返ると「全然大丈夫よ。」と繰り返す人。

 

でもいつもの時間に来ないお迎えと、次々に帰っていくクラスメイトを見て何を思ったかな、とか、先生が「お迎え少し遅れてるのかもね」などと話してくれてもわからなかっただろうな、とか一人でポツンと待ってたのかな、なんていろんなことを想像すると私は。。。

 

ただ、言うまでもなく猛烈に反省しまくっている建さんをそれ以上責めるわけにはいかないので、今後気をつけようねと約束する。わたしにもできることはあったかもしれない。

 

そして建さんを怒ってしまった私は自分も反省。

そして何よりちびの優しさに感謝!

寝る前に再度謝るとっちゃに対しても「大丈夫よー!」と。

 

 

思えば最近すっかり「大丈夫」が口癖なちび。

断るときにも「大丈夫」を使うし、誰かが失敗したり、謝ったときにも必ずと言っていいほど「大丈夫大丈夫」と言ってくれる。

 

そういえば

英語が話せないちびに先生が安心させてあげたいからと、「it’s okayを日本語で教えてほしい」と言ってくれたのが3ヶ月前。

それからことあるごとにちびに安心感を与えようと「ダイジョーブ、ダイジョーブ」と伝えてくれていて、多分ちびはそこからキャッチしたんだと思う。まだちびは英語がわからないから先生の言ってくれる「ダイジョーブ」には敏感になってると思うし、紛れもなく今の彼を支えてくれている言葉に違いない。

 

 

思えば大丈夫って本当にいい言葉だ。

その言葉で誰かを許してあげることもできるし、誰かを安心させてあげることもできる。勇気付けてあげることもできれば、失敗から立ち直させてあげることもできるかも。

 

日本語の環境の中にずっといたらきっと彼の心にそこまで根を張ることのなかったかもしれないその言葉が、今のちび自身に安心感を与えていて、またちびが発することで私たちが幸せな気持ちになれること。本当にすごいことだなと思ったのでした。

 

言葉のパワーって、とてもすごいけど、今くらいの時期の子どもたちにとって周りの大人が使う言葉のパワーは本当に半端ない。

私が使ってしまうネガティブな言葉が彼に移ることは、彼だけにでらなく、それを転用して使う彼の周りや、彼の人間関係にまできっと影響を及ぼしていくから。もちろんもちろん逆もしかり。

 

私もちびの口ぐせを拝借して、優しい言葉をできるだけ使わねばと誓ったわけであります。

 

 

 

 

 

 

 

「ずれてる」を楽しめる?

ずれを楽しめる?

日々いろいろと書きたいことがあるのにうまく書き上げることができず。
どんどん下書きばかり溜まっていく。何十個もの仕掛品が棚にあるけどいつまでたっても出荷されず、、みたいな感じです。


だってあまりに話に落ちがないもんだから、、、といいつつ今日もまた落ちのない話を書く。

 

ずれ。

ずれを楽しめるか。
対人関係において「それ、私とずれてる」をいかに受け入れて楽しさに変えてしまえるか、
それは本当に課題だなぁと思っている。いつも、いつも。

私はずれをあまり受け入れられないタイプ、キャパが狭く、他人に厳しい。
だからこそ自分自身も窮屈だし相手を不快な思いにさせることも多いと思う。


人はだれしもたぶん、生まれ育った環境、家族、周りの人々によって
「自分」を作っていく。
生涯を通して完全に出来上がることはなくて、日々が作られる過程ではあるのだと思うのだけど
とはいえ20年、30年も生きてくれば、ある程度固まってきて人間としてのキャパができあがってくる。

「ここまでは常識」「ここまでは許せる、大丈夫」みたいな自分なりの範囲ができてきて、
「自分」ができてくる。

ただ、新しいコミュニティに足を踏み入れたり、新しい人々に会ったり
新しい人生のステージに入ると必ずのようにそれを覆すような経験をするわけで。

「ここまで」って引いていたきれいな太い線を平気でスキップで乗り越えられたりすることが
しばしば、起こるわけだ。

私の場合キャパも狭いので、乗り越えられる経験がその分多い。
この乗り越えられる経験が多い分、それによって感情を動かされたりするわけだけど。

動かされた感情がプラスに動くか、マイナスに動くか。
「ほほう。そういう考え方もあるのやな」と思えるか
「本当に常識ないなこの人。嫌だから付き合いやめよ」とShut outしてしまうのか。

私は断然後者の方が多いんですけど(恥)。本当にもったいないよね。
だってそれって自分が作ったキャパのせいで、乗り越えられる経験もあるわけで、、
(まぁもちろん本当にちょっとダメな場合もあるんですけど、、笑)

 

 

そんなこんなで、、
海外で生活すると、違う個体の人であることだけでなく、人種や信仰、育って来た環境、金銭感覚、ベースの部分でもかなり大きく違うから、本当にその「乗り越えられる」経験をすることが山のようにある。

今から思うと私それが耐えられなくて日本に帰ったようなところがあったのかもな、と今振り返り思ったりする。

高校卒業時日本にどうしても帰りたかった18歳の私は、海外の大学への進学なども一切振り切り、日本へ帰って来た。人一倍日本への憧れが強かったからなんだけど、私にとっては日本が心地良い場所だったからなんだよなぁ。きっと。

日本にいれば私のキャパは他の人と大きくずれすぎることがなく、安心安全だったから。

 

 

でも、結婚して子どもが生まれて、近しいところでかなり私の枠線(と呼ぶことにしよう)を乗り越えられることが多くなって。

最初はキーキー怒っていたけど(今もか)、少しずつ動じることが減って来た。

それは多分結婚して子どもが生まれるまでは、あまり他の人と踏み込んで付き合うことを遠慮してたのかな。というか踏み込む勇気がなかったのかな。

だから枠線を乗り越えられたとき、それより先に踏み込んで、乗り越えられた理由や背景を知ったり考えたりしなかったのかもしれないな。

 

ただ新しく家族が増えて、そんな経験がどんどん増えて、私の中で踏み込んで考えるしかなくなって来て、ようやく私も他の人には他の人の事情があるし、色々違うんだわ、と体感しとして本当に知った!!今更?!って笑うかな?でも恥ずかしながらそうなんです。

今までできなかったことがようやく少しずつできるようになって来た(でもまだまだだよ)。

 

そんな中ウガンダにやってきて、本当に家族が増えたことによって、海外生活の私のキャパシティが広がり、良かったなぁ幸せだなぁと思っています。

 

「ずれ」を感じる出来事は日常的に起こりはするけど、でもなんか、まぁいいかぁ、と思えることが多いのです。

文句は言ってみるけど、そんなもんか、と受け入れてみたりする。

 

だから、より、今回のウガンダでの日々は楽しいんだと思います。どんどん世界も広がって行く感じがします。短期間で。

それは紛れもなく家族のおかげなんだけど。

 

「ずれ」をたくさん感じていろんな人の考え方や生き方を経験しながらも、自分の大切なものや感覚はぶらさず、残りの期間も生活したいな、と思います。

 

面白い「ずれ」の話があればここでも書いていきたいなぁ。

世界を食べる。世界を料理する。① タイ編

絶対これシリーズ化したい!

という思いで、①をつけてみました。

私がいろんな国の友人にいろんな料理を教えてもらって、食べる。作る。をするシリーズ。

 

既にいくつか教えてもらったものがいくつかあるんだけど書きそびれたし写真撮ってないからまたやってもらおう。笑

 

はい。初回です。

初回は私が多分世界で一番好きな料理、タイ料理!!

 

私が仲良くしていただいてるコミュニティの中にとても愉快なタイ人の方がいて。彼女は本当にユニークで、とても社交的で優しくて。ちょっとおしゃべりすぎるところがたまに傷なんだけど笑

母も私も彼女が大好きなのです。

そんな大好きなタイ人の彼女がずっと「タイ料理教えてあげる!」と言ってくれていたのがとうとう実現!

 

待ってました!

しかも教えてもらったのがソンクランの初日。ということで嬉しい上にめでたい!笑

ソンクランはタイの旧正月。4/13-15までが祝日のようです。今は水掛祭り、としての方が有名だったりするのかな。。?)

 

彼女と相談もし、今回のメニューはパッタイとラーブ。

両方大好きなメニューだけど、なんかパッタイの素、とか使わずに作ったことがなく。。一から教えてもらいました!

 

レシピはかなりアバウトなものだったのでシェアするのが難しいのですが。。

(私の友人の方々は興味があれば日本帰国後教えますね)

 

彼女のお家に着いてまずは庭を見せてもらう。

もちろんチリがあったり。

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ハーブもたくさん!

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山ほどハーブ使うのね、タイ料理。

ミントだけでも何種類も植えられてました。

 

 

料理スタート。

まずパッタイ

タイの焼きそば的な?感じですかね。

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パッタイはね、黒糖(タイだとパーマシュガー)を使った甘いソースを作るところから。このソースが決め手らしい。

中身は

■黒糖

■酢

■水

タマリンドの絞り汁

ナンプラー

 

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このソースが作れればあとはフィッシュソース(ナンプラー)と醤油とレモンとか。。手に入りそうなものばかり。

あと驚いたのがたくあんみたいなやつ。入れてました!

タイではチャイポーと呼ばれるものみたい。ウガンダでは手に入らないけど日本で作るときはたくあんで代用できそう!

 

今回パッタイに入れたものは

食材

■にんにく

■玉ねぎ

■鶏肉

■ニラ

■もやし

パクチー

 

味付けは先ほどのソースとお醤油、それからガーリックオイル!

お醤油はキッコーマンと中華醤油と両方入れました。少し味が違う。。

 

炒める時に強火で一気にやるのがポイントとのことですが、なかなか力のある作業で時間かかりました、、、

 

トッピングに更に生のもやしやパクチー、ねぎ、それからローストして砕いたピーナッツを添えて!

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そしてラーブ。

ラーブは豚ひき肉のサラダです。

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もち米を入れるということでもち米をロースト

 

 

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砕いて

 

 

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フライパンで豚ひき肉を茹で、

その中に切った玉ねぎ、砕いたもち米、それからあらゆるハーブ類を刻んで入れる。

んですがこのハーブ類がキー。

今回はミント、パクチー(でもなんかみたことのない種類のパクチー)、バジル、を細かく刻んで入れました。

味付けは砂糖、ナンプラー、チリ、レモン、それからガーリックオイル!

 

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生野菜と一緒に食べるみたい。

きゅうりとかレタスとか。

パクチー乗っけも忘れずに!

 

彼女いわくタイ料理は砂糖がキー、とのこと!!

やっぱり甘みと辛味のコンビネーションが美味しくなるのかなぁ。

 

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タイ料理行くと必ずテーブルに砂糖あるもんね!すごく不思議だと思ってたんだけど今回も彼女は砂糖をテーブルに並べてくれてました。。チリとナンプラー、それから砂糖!しかもたくさん。笑

 

実食!

うまー。お味は私の文章力ではお届けできませんが、この味よ!ってやつでした笑 わかりにくい。。

 

あとはパッタイは油をたくさん使うのが大事みたい。

麺がくっつかないようにもなるし、パッタイのキラキラしたてかりは美味しそうに見えるポイントよ!とのことです笑

 

もう本当に美味しくて嬉しくなった私は、彼女が持たせてくれたパッタイとラーブに加え、更に夜ご飯に更にパッタイを作ったのでした笑 

家では鶏肉じゃなくて海老と烏賊を入れたよ。美味しかったっすー。忘れないうちに何度も作るのが何より大事な気がしますのでガンガン作りますよ。帰国までにパッタイといえば私、私といえばパッタイ、レベルまで到達したいもんです。笑

 

本当にタイ料理って美味しいやな、と再認識しました。タイの食文化って素晴らしい!!

日本に帰国して最初の海外旅行はタイに決まりだと思います笑 タイにご飯を食べに行くツアーをしたい。。。

 

 

 

そしてこれ、絶対シリーズ化します!今のところベジタリアンインド料理、エリトリア料理、イタリア料理は教えてもらう機会がありそう。

 

 

お楽しみに!

(って言いつつ書き忘れたらごめんなさい。。笑)

ちびぞう、英語?それとも日本語?

最近つい言語の話ばかり書いてしまっているんですが、

それほど私の中で(私の中だけでかなりひそかにw)HOTな話題になっています。

 

 

あ、話はそれるけれどブログを書き始めてから4か月近く経ちました。

ブログを書いてるといいなぁと思うことがあって。

 

それは自分の考えを整理できること。

私ってちょっと「ふんわり」考えてしまうことが多い人で。

教室では子どもたちに「考えよう考えよう」「とにかく考えよう」と伝えつつも

私も全力でしっかり、きちんと「考える」ことを怠ってしまうことが多いのかもしれません(←ダメ)。

 

でも、ふんわり考えがちな自分の思考を、自分の考えを文字にするとあいまいにしておけないのです。

あいまいで終えらせられることももちろんあるけれど、

あいまいにせず、きちんと人に伝えられるくらいまで考え抜くことをすることってすごいパワーだ。

 

ブログでどうしても誰かに伝えようと思うと、やっぱり考え抜かなければいけなくて、

それだけ真剣に考えると、パワーは使うけど、とても良い。

だから日本にいたときより、こちらにきてブログを書き始めてからたくさん考えることが多いです。

自分とも向き合うし、子育てとも向き合うし、私の周りの人たちとも向き合うことができる。これってすごい大変だけど、とてもとてもすごいことです。

それだけ真剣に何かをアウトプットすることって私あまりないから(、、ヲイ)。

 

 

なので、消化したいと思う私の頭の中の思考を、ここに書くことも多いです。

一旦結論の出たことでも振り返って買いていくと納得できたら新たな発見があったり。

 

 

日本に帰国したら「こどものてつがくきょうしつ」でも「筆談」手法考えてみようかな。ちょっと考えて書いてもらったものをシェアして、そこにコメントを書き合うなんて面白いかもしれないな、、。言葉でいうことと書くことって違いが多いかもしれないし。それも見てみたいな、、。

 

 

 

 

 

あ、で、本題に戻ります。

ちびぞうは前々から書いているようにおしゃべり大好きです。

本当に、本当によくしゃべります。黙っているのは寝てる時と食べてる時だけ。

 

まぁ食べてる時も大体しゃべっているので、寝ているときだけか。

寝ているときも寝言も高頻度で寝言言ってます。。。

 

でも多分「おしゃべり」こそ彼の自信であって、大人のようにしゃべったり、自分の話で周りがどっと笑ってくれることに快感を覚えているし、それこそまさに彼の自己肯定感につながっている、気がする。

 

なので、家では彼にとってスムーズに話せる「日本語」を使って話すことがほとんどです。というかまだ英語は本当にフレーズで話せる程度なので。

 

でもそんな彼でも家で私に英語で話しかけてくることがまれにあるんです。

"Mummy, COME!"

"Let's go upstairs!"

みたいな。ちょっとしたフレーズ。

なんかそういう気分になるんだと思います。英語で話してみようかな、とか。

知っているフレーズは使ってみようかな、みたいな。

そういうときだけ私も英語で返してあげるわけだけど、

そんなときに考えます。日本語じゃなくて私も英語で話しかけたほうがいいんだろうか。

有効だとは思うんです。言語学習的にはとても。

私や建さんと話す機会が一番多いわけだから私が英語で話せば、どんどん彼も吸収するだろうし、本当にわからないことは日本語に訳してあげたらいいし。。。

そして同時に多くの人にも、

「あなたが家で英語でちびちゃんに話してあげなくてどうするの」

「子どもが嫌がっても英語で話してあげたほうがいいわ。いつかは慣れるんだから」

といわれたりします。

 

 

 

ただ葛藤なわけです。

「ちびにとって日本語こそ心地の良い言語で、幼稚園で英語を使って相当疲弊しているだろうから家では日本語のほうが良いんじゃないか。」

でも

「ちびにとっても社会生活は今幼稚園で、そこでより過ごしやすい時間を過ごせるよう、彼にとっていま最もクリティカルである英語の勉強に寄与すべきではないのか。」

とか。

 

ほんと毎度のことですけど、母親の葛藤は至極勝手なもんですよね。

これ全部私一人で勝手に考えてた内容ですから。

 

 

 

で、結果ちびと相談しました。

私なりに考えたことをちびと共有しつつ。色んな側面から。

で、生まれた結論はまったく別次元のところで。

 

「ちびが幼稚園にいる時間を延ばす」

 

 

最近すっかり幼稚園が楽しくなったちび。

迎えに行ってもなかなか家に帰ってくれなくて、本当にお迎えに行く人が大変な目にあいます。

ちびのクラスはちび以外の多くの子たちが延長の保育をお願いしていて、

みんな同じ時間に帰宅しないのです。だから「もっとみんなと遊びたーい!」と。

 

延長ってお金もかかるしなぁ。どうかなぁ。本当に長くいるのがいいのかなぁ。

とかいろいろ考えていたけど。

きちんと家族3人話し合って「もっとみんなと長く遊びたい。みんなともっと仲良くなりたい。だからもっと長く幼稚園にいたい」という彼の主張はきちんとしたもので、納得できるものだったから、私たち親の力で叶えられることだし、叶えてあげようという結論に。

 

だから言語問題もいったん解決で。

あまり解決していないような気もするけど。

 

私は家でちびとは日本語で話す。

でもそれ以外で彼に英語に触れさせる時間を長くしてあげる。

という二つの結論でいったん私のお悩み終了です。

 

幼稚園に長くいることで、お友達ともより仲良くなれるだろうし、

幼稚園にいる時間が、彼にとっての英語の世界が、どんどん楽しくなるといいな、と願っています。

1月の記事なんかを振り返ると3か月でここまできたか、と。本当にすごいことです。

 

葛藤して、抵抗して、でも自分なりに今の場所を見つけてきた。また3か月後、6か月後、9か月後、彼がどんなところにいるのか、今から楽しみです。

そして私はまた新しい悩みを量産しているのでしょうから、それもきちんと考えるべく、ここに書いていきます。笑

 

言語のエクスキューズ

母親って複雑な生き物だ。

 

 

今私たちが生きる世界は、当たり前のように他の国を行き来することが増えてきて

それはイコール自分の国以外の人とコミュニケーションを取らなければいけない世界に足を踏み入れること。

 

その中でまず最初にハードルになるのが、やっぱり言語だと思う(もっと大きな大事なハードルが後から後から出てくるのだけど)。

 

私の人生を振り返っても、32年間常に言語と戦っている気がしている。

 

ナイロビで生まれて、親と使う言語とシッターさんが使う言語の違うことから、幼稚園で使う言語が違うこと。

小学生で再びケニアに訪れてスワヒリ語という言語を新たに認識したこと。日本での生活ですっかり忘れた英語を、インターに通い始めてから必死に吸収しようとしたこと。そしてそのあとのたった一年間の日本帰国中、必死に習得した英語をスルスルと忘れていったこと。

 

そしてその後のタンザニアでの高校生活は、本当に必死に英語に食らいつく3年間強だったと思う。

(そんな中タンザニアでは現地の人と英語でコミュニケーションすることが難しかったから片言だけどスワヒリ語をキャッチしようと努力したり(なんてったってその時私の周りではスワヒリ語を英語に混ぜて話すのがクールだったんだもの))。

 

 

そんなこんなで私は言語に常に苦労していたけれど、それと同時に、その言語ハンディキャップに常に甘んじてきたようなところがあったと思う。

 

社会人になりたての頃私の日本語の文章を見た上司は何度もため息をついたし、とはいえ私の英語の能力が別段高かったわけではなく「なんなら喋れるの?」「何語ならできるの?」と言われたのは決して一度や二度ではない。

正しい日本語が喋れない帰国子女。

大した英語力もない日本人。

という二つの代名詞がずっと付いて回り、悔しい思いもすれば両方が中途半端な自分に心底悲しくなったりもした。

 

でも私はなんだかんだそれにいつも甘んじていて、しょうがないなと自分を許しているところがあったと思う。

常にハンディキャップを持った自分で、それによってみんなと同じフィールドに立たないオプションを、常に隠し持っていたし、自分に甘かった。かも。いや、とても甘かった。多分今も。ずるさだ。

 

最近ちびをみていて、

ちびがどんどん英語を吸収するすごさに感動しつつ、彼がそれをあっという間に失っていく様子を想像したり、

たまに思い出したようにひらがなの書き方を勉強したりする彼を見て応援しつつ、彼がこの今の1年間によって私と同じようなエクスキューズをどこかに隠し持ってしまうのではないかとヒヤリとしたり。

 

彼と私はもちろん全く別の人物なので(大事なポイント!)、彼はこの状況への向き合い方も違うし、言語の吸収能力も違う。けれど、彼の日々の葛藤や、これからまた彼が日本に帰った時の新たな日本語への向き合い方も、英語力の蒸発のスピードも手に取るようにわかり、目に見えるように想像できてしまうから、勝手に悩んでしまう。

悩むも何も、彼を連れてきたのは私なのだけど。

もちろんそんなのことを優に飛び越えられるくらい彼にとっても我々にとってもかけがえのない経験ができると信じているから連れてきたんだけど、(実際最高の毎日なんだけど)勝手に自分を重ね悩んでしまう。

 

 

 

ここからあと9ヶ月後、日本に帰国する時にちびの言語との付き合い方については、多分すごくすごく悩むと思う。悩んでも仕方ないよ、って思う自分がいつつも、多分きっと、ものすごく悩むと思う。今でさえ、毎日毎秒、「おちびに英語で話しかけようか、いや日本語?」と考えている私だから。笑

 

どうなってしまうのか。でもその時今よりもっときっとたくましくなっているだろうちびと、きちんと相談して、考えて話し合って決めて行こうと思います。

今すでに持っている、帰国後に関する母親的妄想については、まとまってなさすぎるのでまた後日、、で。

 

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私は勝手に考えていますが、今日もちびは元気にウガンダゴリラTシャツを身につけて飛んでます笑

 

あー母親って複雑すぎる生き物だ。

てか私が、かも。